常磐線あれこれvol.2


※鉄道博物館公式Facebookにて2020年6月17日に投稿された内容となります。

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1898(明治31)年に主要区間が開業して以来 常磐線は120年以上の歴史を 重ねてきた路線です。


 現在では通勤通学輸送や都市間連絡輸送で多数の利用者があり、駅をはじめ各種設備は改良が加えられて近代化されており、かつての面影をたどることは難しくなっています。しかし、目を凝らしてみると、開業間もない時期から使用されてきた歴史的な建造物や土木構造物が今もその姿を残しており、各所に明治期の面影を残しています。

 常磐線には81の駅がありますが、このうち佐和、鹿島、浜吉田の3駅は明治期に建設された駅舎がいまだ現役で使用されており、佐和は1906(明治39)年、鹿島・浜吉田は1897(明治30)年の建設 (駅舎に取り付けられた建物財産標で確認) で、いずれも開業時か開業間もない時期に建設されたものであることが分かります。現在では側壁が新建材で覆われるなどして、開業時の面影をしのぶことは難しくなっていますが、平屋建てで切妻屋根を持ち、出入口に庇(ひさし)を持ち出した形態は共通しています。また内部には出札口とその横に一段低い手小荷物の受付窓口の跡が残り(自動券売機や時刻表設置スペースに転用)、ホーム側には通票閉そく時代の閉そく器を設置していた突出部が設けられたものもあります。

 このほかいわき以北では草野、久ノ浜、広野、木戸、小高、相馬など、昭和戦前期に建てられた駅舎も数多く見られ、今も現役で使用されています。

 また、車両の大型化や電化によりホームが幾層にもかさ上げされた駅もあり、その最下部は大谷石積で開業時の姿を伝えている駅もあります。大谷石は栃木県産で常磐線沿線からも比較的近く、入手が容易だったものと思われ、柏、牛久、土浦など千葉県や茨城県南部の駅で見ることができます。また、十王東口には鋳鉄製の鉄柱の一部がオブジェとして建てられており、「鉄道院 明治四拾四年」の陽刻が読み取れ、おそらくは構内の跨線橋の柱として使用されていたものと思われます。

 一方、駅本屋近くに建つレンガ造りの油庫(危険品庫)もいくつか見受けられます。油庫は電灯が普及していなかった明治期には室内灯、信号灯、標識灯などにランプを使用しており、これに使う石油類を保管していた小屋で、危険品庫、ランプ小屋とも呼ばれていました。確認できたのは草野、久ノ浜、小高の3駅で、草野、久ノ浜は1897(明治30) 年に、小高は1898(明治31)年に建てられたもので(建物財産標による)、いずれも火気を扱うためレンガ積の小さな建物で、アーチを描いた屋根が特徴的な姿をしています。かつては内原、佐和、富岡、磐城太田にも存在しましたが、現在は失われているようです。

 このように駅周辺を見ても、100年以上前の常磐線開通時から現役で使用されてきた施設がいまだに点在しており、同線の歴史の重みを今に伝えています。