常磐線あれこれvol.4


※鉄道博物館公式Facebookにて2020年7月2日に投稿された内容となります。

※該当記事のリンクは下部に記載。



常磐線が他の首都圏の 主要路線とは異なる性格を 持つにいたった要因

 それは、日暮里から42.122㎞地点(取手~藤代間)に交流電化区間と直流電化区間のデッドセクションが設けられていることから生じたものです。東北本線の交直切換セクションのある黒磯は上野から159.7㎞、北陸本線の交直切換セクションのある敦賀は大阪から136.9㎞(湖西線経由)の位置にあり、他の交流電化された主要幹線と比べて、常磐線のデッドセクションは主要列車の発駅からきわめて近い地点にあり、これが列車の運行形態や車両計画に大きな影響を与えてきました。  常磐線は1949年に取手まで直流で電化されましたが、そこから先の電化がなかなか進みませんでした。石岡駅の北西約10㎞にある柿岡町(現在の石岡市柿岡)に、気象庁地磁気観測所が所在していたことで直流電化が困難だったことが理由でした。もともと日本での地磁気の観測は1883年に東京で開始され、1897年からは江戸城旧本丸北詰橋門の中央気象台構内で、本格的な観測が始められています。しかし近くに東京市電(直流電化)が開通したことで正確な観測が困難になり、地盤が堅固で、地磁気を乱す海や大きな河川、山岳地帯とは距離を隔てた柿岡が観測適地として選定され、1912年に観測所が移転し、翌年から地磁気の観測を開始しました。以来、長年にわたり蓄積された同観測所の観測データとその業績は、世界的にも高く評価されています。  ところで、なぜ直流電化は地磁気観測に悪影響を与えるのでしょうか。それは、直流変電所から架線を通じて送られる電流は、レールを通って変電所に戻りますが、地面の抵抗値がレールより小さい箇所では電流は地中を通って変電所に戻ってしまいます。電流の大きなループができると磁力が生じるため、元来地球に存在する地磁気との識別が困難になり、地磁気の観測に悪影響を与えることになるのです。直流電化は電圧が低い分、大電流を必要とするため、観測への影響が大きくなってしまいます。  1953年には運輸省内に地磁気擾乱対策協議会が置かれ、調査研究が進められた結果、1956年に直流方式の電化は観測に大きな支障があるとの結論が出されました。この際に地磁気観測所の移転も検討されましたが、気象庁長官から移転には3~4年の年月と多額の経費(当時の金額で5~6億円)を要し、何よりも移転して観測地が変わることは、これまでの観測データを無意味としてしまうため、移転は不可能、との回答がなされました。  これはのちに「電気事業法に基づく電気設備に関する技術基準を定める省令」(1965年制定、1997年改正)の第二章第六節第四十三条に「直流の電線路、電車線路及び帰線は、地球磁気観測所又は地球電気観測所に対して観測上の障害を及ぼさないように施設しなければならない。」と法的にも規制がかけられ、地磁気観測所の半径35㎞の範囲では大電流を使用する直流電化は不可とされ、常磐線の電化計画は行き詰まりをみせ、他の幹線に比べて電化の進展が遅れることになりました。