常磐線History vol.9


※鉄道博物館公式Facebookにて2020年5月24日に投稿された内容となります。

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2011年3月11日14時46分 東日本大震災が発生し 常磐線は甚大な被害に遭いました


 震源は三陸沖、牡鹿半島東南東約130㎞付近、震源の深さは約24㎞とされています。地震の規模はマグニチュード8.8(後日9.0に訂正)と、我が国観測史上最大の地震でした。この地震による鉄道の状況は、津波被害を受けた沿岸部の線区が壊滅的な被害を受けたのをはじめ、東北新幹線が300㎞以上にわたって長期不通になる等、過去に経験したことのない被害となりました。

 常磐線は地震そのものによる被害に加え、沿岸部での津波被害(駒ケ嶺~浜吉田間の大部分が津波で流失)や、福島第一原子力発電所の爆発事故の20㎞圏にあたる広野~磐城太田間が立ち入りできなくなったことにより、東日本大震災の被害を受けた路線のなかで、最後まで不通区間が残ることになったのです。

 津波による壊滅的被害を受けた駒ヶ嶺~浜吉田間については、内陸側の新ルートに移設する方針が示され、新地駅は約300m、坂元、山下駅は約1.1㎞内陸側へ移設し、合わせて沿線自治体が策定した、駅周辺に商業施設や保育所などの主要施設を配置する、コンパクトシティをめざしたまちづくり計画と一体となった復旧工事を進めることになりました。全線単線で建設され、多くの区間は築堤ないしは高架として津波被害に備えています。また内陸へ迂回する分、距離が延びて駒ケ嶺~浜吉田間は0.5㎞長くなりました。

 線路選定、用地買収、建設と、JR東日本発足後初となるゼロからの新線建設工事となりましたが、用地買収業務を宮城県が支援する等、各方面の協力もあって工事は順調に進捗し、2016年12月10日に相馬~浜吉田間が開通の日を迎え、大震災から5年9ヶ月ぶりに岩沼から小高までが鉄路で結ばれました。

 こうして、大震災時には2本の列車が津波に巻き込まれ、甚大な被害を受けた駒ヶ嶺~浜吉田間は、内陸側へ新線を建設することで運転再開を果たし、残る不通区間は原発事故で被害を受けた区間のみとなりました。