常磐線 1枚の写真から vol.9


※鉄道博物館公式Facebookにて2020年7月23日に投稿された内容となります。

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今から35年前の1985年は 常磐線にとって 画期となった年でした。

 同年3月14日のダイヤ改正で、急行「ときわ」の全廃と特急「ひたち」への統合による大増発(下り24本、上り23本)、上野~青森間の夜行急行「十和田」の臨時列車化、快速線の中距離電車の15両編成化による輸送力増強、水戸以北の気動車列車、客車列車の電車化といった施策が実行され、それまでの長距離優等列車重視から、線内輸送の充実へと舵を切ったのです。以後の常磐線は旅客輸送に関しては首都圏の通勤通学輸送、地方拠点都市間相互と東京を結ぶ都市間輸送、仙台圏の近郊輸送を主たる使命としていくことになります。  さらにこの年には、沿線の筑波研究学園都市で3月17日から9月16日まで国際科学技術博覧会(つくば科学万博)が開催され、常磐線がその観客輸送を一手に引き受けることになりました。会期中にはカラーリングを一新した401・403・415系電車や気動車、12系客車等を使用した「エキスポライナー」が、上野・我孫子・取手・大宮~万博中央・土浦間を結んで多数運転され、会場最寄りの牛久~荒川沖間には臨時駅・万博中央を開設し、ここから会場へとバスで観客を輸送したのです。  「エキスポライナー」には、前頭部につくば科学万博のマスコット・コスモ星丸をあしらった専用のヘッドマークが掲出されて、博覧会気分を盛り上げています。また会場周辺の宿泊施設が不足したことから、6月15日から9月15日にかけて20系客車や583系電車を使用したホテル列車「エキスポドリーム号」も運転されて、博覧会に彩を添えました。  このように、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)、2005年の日本国際博覧会(愛知万博)開催に際しても、その輸送を担う交通機関が整備されて、各地域の鉄道は大きな変貌を遂げており、国際的なイベントの開催は観客輸送を担う鉄道にも大きな影響を与えてきましたが、常磐線も沿線での国際博覧会開催をひとつの契機として、路線の性格を大きく転換させたのです。